そこは田圃を見下ろせる小高い丘の上。眼下には鋤込み前のレンゲソウが一帯を覆っている。
「それにしても、本では読んだことはあったけど、コレはホントに凄いわねぇ…」
いつものように探索に出ていた黒髪の女性は、目の前に広がる薄紫色の絨毯を初めて目にし、感心した様子で見惚れていた。
「せっかくこんなにキレイに咲き誇っているのに、チョットもったいない気もするけど… あら、あのコは海軍の曹長さんね?」
眺めていた田圃のただ中をキョロキョロと周りを見回しながら急ぎ歩いている女性が一人。眼鏡をかけたその顔は、何かを焦っているせいか年の割には幼く見える。もっとも、その身に纏うジャケットや足元を固める軍靴、そしてなにより胸元に抱いた刀からはずいぶんと剣呑な雰囲気を漂わせているが。
(そう、もう追いついてきたの…)
丘の上の女性が「海軍の曹長」と呼んだ相手に注意を向けつつその場を離れようとしたその時、
バタッ
田圃のあぜ道を歩いていた女性が、いきなりこけた。
「うーん、おかしいですねぇ。なかなか船が見つかりません… まさか道に迷っているとか、そんなことはないですよねぇ…」
補給のついでに研ぎ直しに出していた愛刀を胸に、乗艦へと急いでいる(つもり)の海軍曹長。なかなか船にたどり着くことが出来ず辺りをキョロキョロ見回しながら歩いている。
「それにしても、ココはどこなんでしょうか? 周りはお花だらけで港なんかどこにも見あたりませんが…」
ちなみに、港は街を挟んだ反対側にある。コッチは島の中央寄りに位置する田園地帯だ。
「まあ、良いでしょう。もうしばらくすれば港に着くハズですッ!」
しばし足を止めゆっくり辺りを見回していたが、悩んでも仕方がないと意を決し、まっすぐ前を向いて歩き出そうとした瞬間、
「ヒャッ!?」
バタッ!
いきなり足を絡ませた。
「…え?」
注意の対象がいきなりこけたので、移動しようとしていた足を止め、慌てて辺りに目を走らせる。
(何者かの襲撃? いえ、そんなモノは見えなかった。それに… 辺りには私以外、誰も… いったい何が起こっているの?)
(周りには間違いなく誰もいない。ホントはこのまま放っておいて早く船に戻るべきなのだけど…)
(それにしても、なかなか立ち上がらないわね。あれは、何かを探している? それともまさか、何か急病とか?)
(とはいえ、あのコはかなりの使い手。今ココで脱落してくれるなら、ソレはソレで追っ手が減って助かるのだけど…)
(…でも、そういえば、確かあの剣士さんのお気に入りだったかしらね。今ココで見捨てても別にバレはしないと思うけど、チョット気が引けるかしら?)
(…アラバスタでのことで実は負い目を感じないでもないし… そうね、何が起こっているのかだけでも)
「確かめた方が良いかもしれない… 『
辺りの様子を確認していた彼女は、草むらに身を潜めながら何事かつぶやき、瞑目しつつふしぎなポーズを取った。
「あいったたたた、またこけちゃいました…/// アレ? 目が? あぅ、メガネメガネ…」
あぜ道とはいえ、人が躓けるような石ころは見あたらないし、よく整備されているので、踏みそこねるような段差もない。どうやらこの曹長、「何もないところでこける」属性があるようだ。
「メガネメガネは、と。あ、ありました♥」
何もないところですっころんでメガネを飛ばし、「メガネメガネ」とあたふた探す。なかなかツボを心得ている。
なんとかメガネを見つけ、スチャッと装着してからようやく立ち上がる。ぱたぱたとホコリをはたき、今さらながらに辺りの様子に意識を向ける。もちろん大事な愛刀はその胸元に掻き抱いたままである。
「はあ、驚いたァ… うーん、それにしてもずいぶん見事なものですねぇ… コレはお花畑なんでしょうか? それにしては花の種類が一つだけのようですが…」
うっとりとしながら一面のレンゲソウを見渡す乙女。字面的にはナカナカだが、その風体と所持品からすると、少々異様な感じがしないでもない。
「…これだけあるなら、一回くらい花占いをしても、大丈夫ですよ、ね。それに、今日は非番なんですから、チョットくらい寄り道しても平気です。」
誰に云うともなく言い訳をしているようだ。見た目通り根がまじめな様子。更に、普段は花占いなんて口にすることはないのであろう。少々照れているようにも見える。
「では、一回だけ、摘ませて頂きます。ごめんなさいッ。」
(…これは、何かを探している? ようね…)
(ああ、なるほど、メガネね。チョットあなた、反対よ、反対。イヤ、だからそっちじゃないわよ。)
(ソッチじゃなくて、コッチ。ココよ。 …なんだか世話の焼ける娘ねぇ…)
(ハイ、どうぞ。これで気付くでしょう?)
(ふぅ、無事立ち上がったようね。それにしても、周りには特に転びそうなモノは見あたらないけど、ひょっとしてそういうコなのかしら? だったら良いわ、気付かれないうちに退散するとしましょう。)
(…今度は何? ぼぉ~ッとしてるようだけど… このコ、ホントにあの時の海軍さん?)
(アラアラ、今度はしゃがみ込んで? …レンゲソウで花占い? 変わった娘ねぇ…)
(フフフ、こちらに気付く様子もないみたいだし、コレはしばらく観察してみようかしら? 思わぬところで興味深い素材に巡り会えたモノだわ(笑))
(斬れる、斬れない、斬れる、斬れない、斬れる、斬れない…、斬れる…)
「きれ、ない…かぁ。ふぅ…」
花占いに興じている海軍曹長。たった今四度目の占い結果が出たようだが、コレで連続四回同じ結果だ。その惨憺たる結果に免じ、あまりに不穏な占いの相手については言及すまい。
「ま、まあ、所詮は根拠も何もない占いです。だいたいこんなモノ当たるハズがないんですから。」
と、自分に言い聞かせながら極ありがちな検証手段に移るようだ。
「今度は、そうですね。私の夢を占ってみましょう。コレなら、占いに左右されることなく必ず自分で実現する訳ですから、今度は何度やっても外れるハズですッ!」
少々無茶な理論も聞こえるようだが、取り敢えず様子を見よう。
(私は世の悪党の手にある全ての名刀を、回収できる、回収できない、できる、できない、できる、できない、できる…、できない…)
「回収、でき、る?… あれ? おかしいですねぇ…」
良い結果が出たようだが、何か納得できない様子。
「う、うーん… そ、そうです、花占いなんてやる毎に結果が変わるモノなのですから、今度はッ!」
どうやらついさっきのまでの結果のことはキレイになかったことにして、改めて占いに挑むようだ。
(じゃ、今度は、できない、から。できない、できる、できない、できる、できない、できる、できない…)
「でき、る、のですか? んんんぅ~~?」
またしても良い結果が出ているのに、まだ納得する訳にはいかないという剣幕。さて、今度は?
(ふむ、最初の四回は「i-れない」ね。最初の一音はよく分からないけど、剣士さんのようだから「斬れない」ってトコロかしら? だとしたら残念な結果よね。四回も繰り返したくもなるかも…)
(で、次の三回は「できる」かしら? 普通「できる」で終わったらいい結果だと思うのだけど、何故そんなにイヤそうな顔をして繰り返すのかしらね??)
(なんだか悩んでいるようね。今度は何を占おうかって思案している?)
(あら、表情が変わったわ。真っ赤になって、照れた様子で… 本来の花占いでもはじめた? ようね。…「好き、嫌い、好き、嫌い、す…き…」 フフフ、良かったわね。)
(それにしても、さっきまでは最後の一回しか唇は動かなかったのに、やはり女の子ってトコロかしら♥)
「ス、スキ、と、出てしまいました。やはりヒナさんは…//// あ、あんまりそうは見えなかったのですが、やはり軍曹さんたちの言うことは間違ってなかったのですね…」
さっきまでは占いなんかアテにならないと云っていた割には、どうやらすっかり信じ込んでいるようだ。
「うーん、でも、そうだと考えると、なんだか気持ちがウキウキしてしまいますッ。ホントにそうだと良いですねぇ♥… はッ!? そうだ、逆はどうなんでしょうか? 済みません、もう一回摘ませて頂きます。」
(あらあら、ずいぶんと嬉しそうな顔をしているわね。そんなに気になる相手だったのかしら?)
(で、今度は逆を占うのね。……フフフ、良かったわね。今度もまた「好き」。どうやら両想いらしいわよ?)
(あら? 違うの? そんなに必死に首を振ったりしたらまた倒れちゃうわよ?)
(なるほど、占いを否定したかったってコトを思い出したようね。)
(ソレで「もう、ぜぇ~ったいに、絶対に、あり得ないことを占ってやるッ!!」ってわけね。)
(さっきよりももっと真っ赤になってるわねぇ。なんだか震えているようにも見えるけど、大丈夫かしら?)
(えーと、「ろ、ろろ、ろろろ、ろろのあが、わたしのことを、みとめるように、なるッ、ならないッ…)
「なるッ、ならないッ、なるッ、ならないッ、なうッ、ななないッ… な・なう?? の? れすかぁ!!??? う、うそぉ~お???(汗)」
なにやら、呂律が回らないまま声をひっくり返してまで驚きたくなるような結果が出たらしい。
「……」
あまりのことに黙り込んでしまったか?
「…いえッ、コレッ、コレで、コレで良いんですよッ!! だってコレでこの占いが絶対にアテにならないってコトが、ハッキリしたんですからっ!!!」
フム、なんとか占いの否定には成功したようだ。
「………」
と、今度は自分で否定しておいて、微妙に落ち込んでしまったようにも見える。何とも難儀なものだ。
「はぅッ!? い、いけないッ。いくら非番とはいえあまりにも道草が過ぎましたッ。急いで帰らなくてはッ!!」
ポテッ
「イタタタタッ///、メ、メガネメガネ… あ、有りましたッ。」
スチャッ パタパタッ
「さあッ、急ぎましょうッ」
スタタタタタッ
どうやら無理矢理気持ちを切り替えて、というか、今までの占いをなかったことにして、改めて歩を進める様子。まあ、賢明な判断であろう。ついでに、何度か転んだおかげで無事街の方に進行方向も修正できたようだ。
草むらに身を潜めていた黒髪の女性が、その独特のポーズを解いて目を見開いた。
(「ロロノア」、ということは、あの剣士さんのコトよね。何か因縁があるとは思ったけど、どういう関係なのかしら? なんだか面白そうよねぇ… 今度航海士さんにでも訊いてみようかしら?)
(に、しても、どうもあの様子を見ているとずいぶんと正確に占ってしまっているような感じだけど、何かあるのかしらね? ココのレンゲソウでの花占いって?)
(そうね。あとで時間があったらチョット調べてみようかしら。)
(さて、面白いモノも観察できたし、そろそろ調査を再開しましょう。)
「ああ、その前に、航海士さんに海軍が来ているって連絡するのが先かしらね。あまりに興味深いモノを見たものだから、うっかり忘れるところだったわ(笑)」
そのまま慎重に動き出し、海軍曹長の方にも注意を向けながらどこかを目指してまっすぐ歩き出した。その目には何かを企んでいるかのような光を宿しつつ…